旦那様はユダヤ人

ユダヤ系アメリカ人と結婚した私の日記。子育て、ビジネスの仕方、生活習慣など「おっ」と驚いたことなどをまとめました。


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 お返しというわけではないのですが、ジョークに答える形で、その後主人も別のジョークを続けました。

 あるとき、クリスチャンの牧師とユダヤ教のラビ(ユダヤ教においての宗教的指導者)が交通事故を起こしました。
 二人は停車し車を脇に止め、お互いの車を調べましたが、お互いの車には傷一つついていないし、二人とも何の怪我もありません。
 二人は、「こんなことがあるなんて、神が私達を見守っていてくださったんでしょう。」と喜びあったのです。

 ラビは、「そういえば、トランクにワインが入っています。せっかくですから乾杯しましょう!」といい、トランクからワインを取り出し、グラスになみなみとワインを注ぐと、牧師に差し出しました。

ラビ「どうぞ、お飲みください」
牧師「いや、ありがとうございます」
牧師「ラビ、あなたもどうぞ」
ラビ「いや、私は警察が来るまで待ちます!」

 レストランの中で思わず声をあげ笑ってしまいました。

 ユダヤ人が集まる場合、毎回ではありませんが、食事が始まる際に2~3ジョークを言い合い、ちょっとリラックスした雰囲気になったところで食事またはビジネスを始めることが多いように思います。確かに、みんなが笑った後のほうが、美味しくいただけますものね。

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 ユダヤ人の人たちは、つらい生活をすることが多かったので、癒すためにジョークをよく言うといわれます。コメディアンの中にユダヤ人が多いのもうなづけます。また、様々な偏見や差別があるなかで、ビジネスをしなければいけないときに、ジョークなどでその場を和ませていたのではと思います。

 それにしても話の上手な人が多く、いつも関心させられます。

 先日、主人はイスラエルの会社の方たちと打ち合わせがあり、私もディナーミーティングに同席しました。
 その日の朝、私が主人に聞いたことを、主人はさっそくイスラエルの方へ言ったようでした。
「ねえ、ねえ、ジョーク言う人たち?」
「あんまり言わないんだよね。ほら、ちょっと××みたい。かたいかんじ」
 それが主人の答えでした。

 挨拶を終え夕食の席についた瞬間、その会社のCEOが私にこう言いました。
「いや、ご主人があなたから、ユダヤ人の人たちだからジョークを言う人たちでしょ?って聞かれたとおっしゃったので」
といい、早速ジョークを披露したのです。

 ユダヤ人なのに、ジョークを言わないと思われるのは、彼らにすると名誉なことではないようですね笑
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テーマ:日記 - ジャンル:日記
(昨日の続き)その教育熱心でほめ上手な義理の母、今度は地下の物置に私を連れて行き、「ほらこれもそう。あれもそうよ!」と妹弟のものも含め数十にも及ぶ子供たちの“作品”を見せてくれたのです。

 安い額でいいというものの、白いプラスチックの見るからに安っぽい額ではなく、家の至るところに飾られている数千ドルの絵画に使われているような、木で縁取られた額に子供達の絵はいれてありました。

 子供にしてみると、自分の絵は高い画廊で売られているそれらの絵画と同じように扱われて、特別だと感じたことでしょう。

 それら額に入れられた作品の中には、絵でもなく、写真でもなく、なんと小学校のときうちの主人の弟が書いた「作文」までもが入れられていたのです。主人の弟の作文は、本当にノートの切れ端で、ノート1枚がびりびりと(日本人のようなきれいなビリビリではなく、本当にビリビリです!)破られ、しかも子供の字でグチャグチャに書かれた鉛筆の上に、先生の赤ペンの修正の後まであったのです。

 とっても素敵なことを書いてくれていたのよ。ニコニコしながら義理の母が説明してくれたのは、母の日のために弟が書いたという母への感謝と忠告(タバコを止めるように)を書いた作文でした。

 これは誰々が何歳の時、これは何年生の時。。。そう義理のママが説明してくれていたのだが、絵だけではなく、作文や絵日記やテストなど当時のアメリカの小学校でのカリキュラムが手にとるようにわかるようなものも多くありました。

 日本では額に家族の写真すら飾る習慣もないですし、子供時代の自分の作文を額にいれ飾ってくれている親など私の周りの友人では一人もいません。

 私の親も仮にそういうことをしていてくれたらな~、夏休みの感想文だってマス目を埋めるために適当に本の文書を写したりせず、一文字一文字丁寧に一生懸命書いたであろうし、今頃きっと優秀な人間になっていたんだろうな~。なんて考えてしまった。いまだに子供みたいに人のせいにしてしまう私。。。

 実家の押入れの片隅に数枚残っている私の絵そして、小学生の時の作文なんて一枚も残っていないであろう私とのこの大きな差。それは私にとってとっても衝撃的でした。

婚約が決まってから彼の実家へ行くと、おしゃべりで笑顔の絶えないみんなの人気ものの義理の母は、今までの“息子のガールフレンド”としての私への接し方から、自分の子孫を育てることになるであろう“嫁”になる私に対しての接し方へとちょと対応を変えたように記憶しています。

 まず、初めて実家に行ったときにすでに家の中を隅々まで案内されているにもかかわらず、また家の中を案内しはじめたのです。もちろんちょっと違った方法で。。。

 これは彼が5歳の時に描いた絵なのよ。天才的でしょ!そういって以前見せられた絵は、とてもではないけれど、一般的な5歳の子供が書くクレヨンで描かれた手足が棒のように描く子供の絵ではなく、細い細い黒のボールペンで緻密に描かれた鳥(フクロウ)の絵でした。
 バランスがきれいに取られているだけではなく、羽の毛一枚一枚まで詳細に描いている絵の上手な大人が描くような本当に緻密な絵だったのです。

 その絵の前に再び案内し、義理の母はこう言いました。「子供が絵や図工を学校から持ち帰ってきたら、安くていいから新しくて、とってもいい額に入れてあげてお部屋に飾るの。そうすると子供がとっても喜ぶのよ。そしてとにかく褒めてあげるの!」

 確かに、かつて主人が高校生の時まで利用していたこの部屋には、よくこんな絵も飾るな~と思えるような絵まで飾ってある。自慢したがりの主人が自分で飾ったんだろうと今まで思っていたのですが、実は義理ママが飾っていたようです笑。

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