旦那様はユダヤ人

ユダヤ系アメリカ人と結婚した私の日記。子育て、ビジネスの仕方、生活習慣など「おっ」と驚いたことなどをまとめました。


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(昨日の続き)その教育熱心でほめ上手な義理の母、今度は地下の物置に私を連れて行き、「ほらこれもそう。あれもそうよ!」と妹弟のものも含め数十にも及ぶ子供たちの“作品”を見せてくれたのです。

 安い額でいいというものの、白いプラスチックの見るからに安っぽい額ではなく、家の至るところに飾られている数千ドルの絵画に使われているような、木で縁取られた額に子供達の絵はいれてありました。

 子供にしてみると、自分の絵は高い画廊で売られているそれらの絵画と同じように扱われて、特別だと感じたことでしょう。

 それら額に入れられた作品の中には、絵でもなく、写真でもなく、なんと小学校のときうちの主人の弟が書いた「作文」までもが入れられていたのです。主人の弟の作文は、本当にノートの切れ端で、ノート1枚がびりびりと(日本人のようなきれいなビリビリではなく、本当にビリビリです!)破られ、しかも子供の字でグチャグチャに書かれた鉛筆の上に、先生の赤ペンの修正の後まであったのです。

 とっても素敵なことを書いてくれていたのよ。ニコニコしながら義理の母が説明してくれたのは、母の日のために弟が書いたという母への感謝と忠告(タバコを止めるように)を書いた作文でした。

 これは誰々が何歳の時、これは何年生の時。。。そう義理のママが説明してくれていたのだが、絵だけではなく、作文や絵日記やテストなど当時のアメリカの小学校でのカリキュラムが手にとるようにわかるようなものも多くありました。

 日本では額に家族の写真すら飾る習慣もないですし、子供時代の自分の作文を額にいれ飾ってくれている親など私の周りの友人では一人もいません。

 私の親も仮にそういうことをしていてくれたらな~、夏休みの感想文だってマス目を埋めるために適当に本の文書を写したりせず、一文字一文字丁寧に一生懸命書いたであろうし、今頃きっと優秀な人間になっていたんだろうな~。なんて考えてしまった。いまだに子供みたいに人のせいにしてしまう私。。。

 実家の押入れの片隅に数枚残っている私の絵そして、小学生の時の作文なんて一枚も残っていないであろう私とのこの大きな差。それは私にとってとっても衝撃的でした。

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